山口県山口市出身。オリンピックのシングルスで日本勢男女通じて初めての準決勝進出を達成。メダルを賭けた準決勝は中国の選手に1-4で、3位決定戦はシンガポールの選手に0-4で敗れて個人メダルは獲得はならなかったが、日本勢史上最高の4位入賞。続く福原愛、平野早矢香とともに出場した団体では準決勝でシンガポールを破り、決勝で中国に敗れたものの2位となり卓球界初のオリンピックメダルとなる銀メダルを獲得した。「石川佳純」という名前が、卓球界だけでなく、全国的に知られるきっかけになったのは、2007年1月の平成18年度全日本選手権大会以降であろう。愛ちゃんがベスト16で敗れるなか、中学2年生の石川佳純はベスト4へ進出。その年の選手権の代表にも選ばれ、一般の部で、強豪をなぎ倒し、準決勝に進出。あの福原愛も成し得なかった、史上最年少記録を成し遂げた。その後、同年代では負けなしの強さを発揮し、全国中学校大会2連覇、全日本ジュニア4連覇、インターハイ3連覇と、記録を次々に塗り替え、注目度はいっきにアップした。しかし、2008年3月の世界選手権広州大会では準決勝のシンガポール戦に起用されたが完敗。この大会は2戦2敗で終わった。13歳で華々しく全日本の舞台に躍り出た石川にとって挫折をあじわった15歳の春だった。それからも、勝利と敗北を反復しながら成長していくなか、五輪代表を意識するようになったころから、今のままでは上の二人(福原、平野)に追いつかない、五輪に出られないと感じ、練習嫌いの天才少女が実力を上げるための練習を繰り返す日々を送ったという。さっそく、どんな人物なのか、フォーチュン四柱推命運勢鑑定表を通して検証してみましょう 。
日干乙(陰木)-月支寅(春)月生まれ、、月令を得ています。しかも、個数が3個の比劫タイプです。三柱だけでみる良い五行(用神)は火、土、金です。日柱が乙-亥は日座空亡となります。意味合いは夫婦間のトラブルが起きやすい、結婚運が悪いという暗示です。余談になりますが、女性の比劫タイプは官の星が弱いと、男性からの影響を受けにくいため、自然に待ち構えているだけでは、なかなか良縁に結び付かないことになりうるのです。女命では日干五行から数えて4番目が男性を表しますが、その4番目の五行が日干五行を剋してもびくともしないことなります。石川さんの命式をかりて説明すると4番目の五行金が木を剋そうとしても、日干木がびくともしないとみるのです。現実的に言えば結婚そのものより、仕事に比重をおいたり、また、叶わぬ恋を続けたりして婚期を逃してしまったりするのです。このようなことが事前にわかっていれば、ずいぶん違った結果が得られるのです。

大運は偏る五行木が旺盛になる春に巡りており、ランクが低くなっています。行運も運気がよくありません。それでも高い評価を受ける成績を残せたのですから大したものです。
4年後にはよい五行火が旺盛になる夏運に巡りグラフが急上昇します。それに2016年の運勢も良い、成績の結果やメダルをとったことが幸せのバローメータになると思わないが、推命家としては非常に興味がある。ぜひ、ブラジルオリンピックに向けて頑張ってほしいと願うところである。

コメント
オリンピックが終わり、テレビやイベントに引っ張りだこのメダリスト達。選手の素顔と運勢表を照らし合し、楽しく拝察させていただいている。
オリンピック前に何人かの方の運勢をブログで照会しました。
その一人である内村航平さんの鑑定では今年の運勢は悪いが、大運の高さで補えるだろう。今年の運勢の悪さは、自制心がきかず暴走しやすい年となる運勢ですが、内村さんは目的をもち自分立場をよくわかっているとはずと解説いたしました。
ところが、体操男子団体総合決勝のあん馬が落下寸前の着地となってしまい一時は4位と発表さた。内村君は「結果はボクのあん馬が難度が取れて2位になったんですけど、正直4位でも2位でもあまり 変わらなかったかなと思います」と語った。
これは、自己中になりやすい劫財年の悪い部分が出てしまったと言えるでしょう。その辺をもう少し詳しく説明をしておけばよかったと反省するところである。
他の選手にとっては、2位と4位では、まったく違うものとなる。結果良しになったからよかったものの、汚点として残る発言になったかも知れない。
オリンピックのインタビューアーには、今、競技を終わった人に4年後はでられますかと、無神経な質問をするバカな人間がいることだ。
若い人なら、まだよいかも知れぬが、やっと重い荷物を降ろしたというアスリートに、そんな質問がよくできるもんだとあきれてしまう。
人の喜悲の深さを感じ取れない人間は、インタビューアーになってもらいたくないと思うのは小生だけなのか。
























福岡県遠賀郡遠賀町出身。平泳ぎの女子100メートルで銅、200メートルで銀、そして女子400メートルメドレーリレーで銅と3つ目のメダルを獲得した。日本女子競泳選手が同一オリンピック大会で合計3個の複数メダルを獲得したのは史上初となった。競泳は4歳の時に始めた。遠賀中学校から九州産業大学付属高校時代は無名で全国大会レベルでの目立った戦績はなかったが、山梨学院大学に進学すると急速に力を付けて、1年の時には早くも学生選手権100メートル平泳ぎで1分6秒秒32の日本記録を樹立して優勝した。小さい時から勝っても負けてもにこにこ笑っている少女だったという。100メートルのレース前、緊張する場面で両親に笑顔でピースサインを送る明るさは、どこからきているのであろう。

大阪市出身。7月30日、女子100m背泳ぎ決勝で、自らの持つ日本新記録更新する、58秒83の日本新記録で泳ぎ、銅メダルを獲得をした。2008年北京五輪女子200m背泳ぎで銅メダルだった中村礼子さんの26歳を抜き、日本競技女子史上最年長のメダル獲得となった。近大付高校2年のとき出場した福岡世界選手権ではルックスが注目され「美少女スイマー」と騒がれた。アテネ五輪は8位


萩野公介(はぎのこうすけ)。栃木県小山市出身。御幸ケ原SS、作新学院高等学校3年。身長175㎝。7月28日強豪ぞろいの男子400mの個人メドレー決勝で、自らの持つ日本新記録更新する4分8秒94で銅メダルを獲得した。56年ぶりの高校メダリストになった。男子の高校生、五輪日本代表選手は、2000年シドニー五輪以来の出場となり、あの北島康介選手に続く快挙だ。当時の北島選手でさえも、初出場の五輪では、100メートル平泳ぎで4位と悔しい思いをしている。男子個人メドレーでのメダルは今回の荻野さんが初めて。さつそく、
三柱では比劫-印星タイプとなっていますが、やはり生まれ時がほしいですね。インタビューに応える印象からは身旺であることは間違いでしょう。生まれ時によって比劫風ににるのか、印星風なのか、それとも比劫-印星なのかは、わかりませんが、物怖じしない、ひょうきんなキャラクターは人気を呼びそうですね。三柱だけでみる良い五行

誕生時には元号がまだ”昭和”だったが、誕生4日後に”平成”に改元したことにあやかり、「平成の時代を真直ぐ渡れるように」という願いを込めて、”航平”と命名された。父は日体大体操競技部出身、母は元体操選手、妹も体操選手(日体大)という体操一家。1992年(平成4年)に両親が『スポーツクラブ内村』を開設し、長崎県諫早市に移住したのを機に、3歳で体操を始めた。両親の反対を押し切り、諫早市立諫早中学校卒業と同時に、塚原直也に憧れて上京し、朝日生命体操クラブに入門。東洋高等学校を経て、日本体育大学体育学部体育学科に入学。大学では体操競技部に所属し、4年時には主将を務めた。7月15日、NHKでロンドン五輪、体操・個人総合で金メダルに最も近いと言われる内村航平さんの能力を科学的に分析する番組があった。これまで謎に包まれていた内村の『空中感覚』を、最新の特撮技術に加え、スポーツ科学、脳科学、宇宙航空医学など、さまざまな分野の研究者の協力を得て解き明かしていく内容である。放送で語っていたが内村さんは決して天賦の才があったのではない、むしろ、高校2年頃は苦手のあん馬で10点満点の2点をだし、先輩にバカにされるような存在であったという。新たに基本から、人一倍練習をしていたとナレータは語る。では、

幼い頃からトランポリンに親しみ、既に小学校高学年の時にはトランポリン上で、ひねり技を身につけるなど、高度な空中感覚に加え安定した着地感覚を身につけたという。


