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土井杏南さんを鑑定する

土井杏南いよいよ7月月27日から開催されるロンドンオリンピックが近づいてまいりました。1964年の東京大会以来、48年ぶりの五輪出場が決まった女子400メートルリレー日本代表の第一走者候補、土井杏南(どいあんな)さんにスポットをあててみました。彼女は国内の中学、高校、ジュニアの女子100メートル記録を全て更新し、日本選手権でも福島千里(24)さんに惜しくも敗れたものの2位に入った。土井さんが五輪に出場すると16歳1ヵ月で、日本陸上選手として戦後最年少となる。埼玉栄高等学校2年生、身長1m58cmの女子高生が眩しく輝いている。では、フォーチュン四柱推命運勢鑑定を通して、どのような運勢の持ち主か検証してみましょう。




土井命式
日干丁、申月生まれですから、自分自身を強く張っていこうという命式ではありません。三柱では官星タイプと判断されていますが、生まれ時によっては印星タイプになるうる可能性もあり、時柱に五行土がでてくると上格の命式になりますから、いずれにせよ生まれ時がほしい命式と言えるでしょう。


土井大運
大運が秋運で輝いているのだから、官星タイプではないかも知れぬ。もし官星タイプなら25歳から男性によって自分の人生が動かされる周期に入るので、男性への確かな目を養うことが必要とされる。






今年の壬、辰年は総合鑑定グラフでは衰になるが、幸い丁-壬の干合木で運気はあがる。正官は地位、名誉を表わす星ですから、この干合木は非常によいものとなります。









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土井さんが小学校4年のときの運動会の映像が流されていたが、まあ、お見事、他の子をよせつけないぶっちぎりの走りをみせていた。そういえば我々の時代にも学年に一人ぐらいは、たぐいまれない能力をもった者がいたように思う、54年経った今でも走りの速い同級生の名前まで記憶している。運動会でアンカーに抜擢され、彼にバトンが渡った時は2位、はるか先に他のクラスのアンカーが走る、とても追いつける距離ではない、それがみるみるうちに差を縮め、ゴール寸前で抜きさった。彼の名前は山城君だったはず。推命では足の速い、遅いはわからないが、うらやましいかぎりの能力である。そんな能力のある者ばかりが集まり、その中で勝ちあがってくるのだからすごいというほかにいいようがない。先日、福島千里さんの練習の模様が放送されていたが、スタートダッシュの繰り返し、そして走るところに目印を置き、足幅の調整、筋肉トレーニング、メンタル面の強化と、たった100mを走るのに凄しい練習をしている姿には感動した。走るたびに強くなる土井杏南さん、5月には日本歴代7位タイの11秒43を出している。五輪参加標準記録A(11秒29)まであと0.14秒に迫る記録だ。今回、出場する陸上女子400メートルリレーの世界ランクは13位だが。土井さんの成長度合いによっては、8月9日の予選からはじまる、リレー競技にサプライズが起きるかもしれません。笑顔で物おじせずに走る彼女らしさを発揮してほしい。








祝 2000本安打 稲葉選手 宮本選手

稲葉写真出身地 愛知県、中京高等学校→法政大学(中退)→ドラフト3位指名ヤクルトスワローズ(1994-2004)→北海道日本ハムファイターズ(2005-   )身長185cm体重94㎏、左投左打、ポジション 外野手、一塁手、年俸 2億円+出来高(2012年)
4月28日、Kスタ宮城で行われた楽天戦の一回、右前先制打を放ち、プロ野球史上39人目となる通算2000本安打を達成する。
















稲葉命式日干丙-未月生まれ、月令をえていますから、比劫要素が強い命式となります。日干五行から3番目、稲葉選手の場合は五行金となりすが、金運(財運)を示します。その財運が0個の0%ということは金運に縁がないと鑑定するのです。それでは2億5千万も稼げぐ人物なれたのか推測してみましょう。



稲葉大運
考えられるのは時柱に財の星がでてくるのではないか。もし正財があるとしたら天干ではなく蔵干にでるほうが望ましいでしょう。なぜかというとお金は表目にあると、たかりにこられ減少してしまうからである。人目につかれない蔵にあるほうがよいとされているのです。もし時柱に財星があるとしも、それを剋す五行が旺盛になる季節に巡り合わなければ尚、良いでしょう。稲葉さんの場合財を運を剋す五行火が旺盛になる夏に巡っていないことはラッキーと言えるでしょう。男命では日干五行から3番目は財運とともに女性を意味しています。女性に入れ揚げると財は減少します。もうひとつ考えられるのは、財星を剋す五行が弱く、財の五行の多くもつ人がパートナーにしていればポイントが加算されます。稲葉行運
2004年オフにFA宣言してメジャー移籍を目指しましたが、獲得に名乗りを上げる球団はありませんでした。メジャー移籍が絶望的になったときに日本ハムが獲得して現在に至っています。日本ではFA移籍すると「裏切り者」「金目当て」だの的外れな批判の晒し者にされる、その困難を乗り越えて、今や日本ハムの代表する存在になっている。私生活では2009年1月に長男をもうけたが、同年、11月には離婚調停の結果、離婚に至る。法大4年で4番を打つ稲葉は、プロからは高い評価を得ていたわけではなかった。1994年5月、ヤクルトの監督だった野村克也さんが、明大の4番で捕手だった息子の克則さんの応援に足を運んだ。稲葉が勝ち越しの2ランホームランを放った。そして、翌日も、またしても六回に同点のソロホームランを放つ。2日連続のホームランは野村監督に強烈な印象を残した。ドラフトを前にした編成会議で周囲の意見を押し切り指名にこぎつけたという。「まじめで努力家。それこそ24時間、室内練習場にこもってバットを振っていた」と野村さんは当時を振り返る。原石を見出した野村さんがすごいのか、それに応えるべき努力した稲葉が立派なのか。そこには二人を結び付ける運という不思議な力が働いたのでしょう。




宮本写真出身地 大阪府吹田市、PL学園高→同志社大→プリンスホテル→ドラフト2位指名ヤクルトスワローズ(1994-    )身長176cm体重82㎏、右投右打、ポジション 三塁手、遊撃手、二塁手、年俸 2億円+出来高(2012年)
5月4日、神宮球場で行われた広島戦の第1打席、センター前ヒットを放ち、プロ野球史上40人目となる通算2000本安打を達成する。











宮本命式
日干五行土4個、バリバリの比劫タイプです。日干五行から3番目、宮本選手の場合は五行水となる財運の説明は稲葉選手の解説を参考にして下さい。そして4番目も0です。4場面目は官位、男命では子供を意味します。子供に恵まれないかと心配する命式ですが、現に男の子1人、女の子3人の子

宮本大運宝に恵まれています。結婚相手の命式で五行木が0個であったり、その方の日干から数えて2番目が0個であったりすれば、恵まれない可能性は大いにあると言えるでしょう。もしこのような相性であれば行運の干支の五行で補っていかねばなりません。大運は人生の最高潮にきています。大学、社会人野球を経由してプロ入りが遅かった選手となると、元同僚の古田敦也氏についで二人しか到達していない。41歳5ヶ月での達成は史上最年長である。391犠打という歴代3位の記録が示す通り、ランナーを確実に進める脇役である。基本的には守備の人で、地味ながら長い間プレーができたのが、功績を成し遂げた要因である。しかし、宮本選手も決して順風満帆できたわけではない、1997年末から98年初頭にかけて、、”脱税指南”事件が球界をを揺るがした事件があった。10人の選手に有罪判決がでました。宮本選手(当時26歳)も、そのひとりで、懲役10ヶ月、出向猶予3年、罰金350万の判決が下った。チームから出場4週間停止をを言い渡されると「また野球をやれるチャンスをいただき、感謝していますと」頭を下げた。この件を境に人が変わったという。今となっては、駆け出しの時代に、苦い経験をしたことがプロ野球人として成長したのではないかと言われている。自分のことだけではなく、チームや球界全体のことを考えるようになり、次第にリーダーとしての頭角を現し、北京五輪代表のキャプテンやプロ野球選手会長にも推挙されるまでに至った。人望もあり、近い将来、指導者となるであろうとの評価されている。


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本当におめでとうございます。2000本安打

入江陵介さんを鑑定する

入江写真いよいよ7月月27日から開催されるロンドンオリンピックが近づいてまいりました。さて今回は北京に引き続き、男子200m背泳で出場を決めた入江陵介さんにスポットをあててみました。0歳のベビースイミングから水泳を始める。中学生になるころから体格は急成長するが大阪近郊から泳ぎに自信がある子らが集まってくるスイミングスクールでは、泳ぎも体格も引き離され、どうしてもクロールで勝てなかったという。母親が語る記事によると、性格からして、コーチに「背泳ぎをやりたい」と直接言うわけがない。言える立場でもない。陵介なりに頭を使って、「背泳ぎ転向」に向けて作戦を練っていたのだろう。 練習まえとかあとに、コーチが見ていようと見ていまいと、黙々と背泳ぎで泳ぎ『僕、背泳ぎもできますよ』ってさりりけなくアピールするんですと語っている。父親は高校時代にラグビー、大学時代はアメリカンフットボールをやっていたとある、その体格や性格は兄の晋平さんに遺伝して、陵介さんは音楽好きの久美子さんの性格を受け継いでいると言われている。


入江命式
比劫-印星タイプです。時柱にも比劫星、印星だけなら特殊命式となる外格になります。自分五行とその五行を生じる星が強い命式ですから、守りの要素は少なく挑戦していくタイプです。





入江大運
背泳ぎに出会ってから、水泳への熱の入れ方がまったく変わったという。泳ぐたびに記録が伸びる。全国中学大会、ジュニアオリンピック、国体などで次々優勝し、中学3年生までに100メートルと200メートルでともに何度も中学新記録を塗り替えていく。2009年7月、200メートル背泳ぎの日本記録保持者となる。 3人兄弟のうちひとりぐらいは芸術の世界にと考えた久美子さんは、姉、兄ともども陵介さんにも幼稚園時代からピアノを学ばせたという。陵介さんの泳ぎがリズミカルだと褒められると、あ、やっぱり、ピアノを学ばせたからだ、と思ったりします。「親は、子どものどこかに、自分の影響を見つけたいものです」 と語る。2008年の北京オリンピックでは5位入賞。運勢グラフをみても判るように2008年度の運勢はよくなかったのに頑張りましたね。今年、2012年度の運勢は正財、衰の盛運である。「頑張れば一流になれる。超一流になるには運がいる」と先人が残した言葉だが、入江陵介さんが主役になれる舞台は整ったようだ。



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ロンドン五輪代表選考会を兼ねた競泳日本選手権は終わった。女子背泳ぎの酒井志穂さん(21)は、100mでは寺川綾さんに次ぐ2位、ところが派遣標準に0.2秒足らず、200mでは1位となるが、これも派遣標準に0.13及ばず、優勝インタビューで嗚咽し、悔し涙で目を腫らした。それはそうだろう4年前の北京五輪代表選考会で派遣標準記録を突破したものの順位は3位で代表入りを逃がし、今大会では準決勝で派遣標準タイムをクリアしていた。2009年2月、短水路世界新記録(当時)をマークしている。陸上では期間内のいずれかの大会で派遣標準記録をクリアすればいいのですが、水泳は決勝でクリアしなければダメとなる。コーチも100mに専念させ、200mの代表入りりは間違いと思っていたと…うなだれる。青春をかけ血がにじむような努力をしてきただろうと想像するだけで、つい感傷的になってしまう。競泳五輪で記憶に残るのは、1992年(平成4)、バルセロナオリンピックの競泳女子200m平泳ぎで14歳で金メダルを獲得した岩崎恭子さんであろう。社員のひとりが四柱推命はすごいですねと言いながら「フォーチュン一年ダイアリー」をもってきた。年運もよく、月運もよい、日運の文章には「歴史的な記録が残せる日」とあった。このニュースが口コミで広がり、加盟店拡大や売上に寄与してくれたことを思い出す。考えてみると、あれから20年が経っているのかと思うと時の流れの速さに驚いてしまいます。特別な才能をもった世界のアスリート達が競う最大のイベント五輪。そこに選ばれただけで立派なものです。悔いなく、思う存分、最高のパフォーマンスをみせてほしいと願うばかりです。




追伸

モモさまからのご指摘いただきました行運宿命星、補助性が説明文で間違っていましたので訂正致しました。ありがとうございました。

今年はオリンピックがあり、選手のことなど興味ありです。
個人的には五輪とは関係ないですがサッカー選手!
それからやはりフィギュア選手ですね!
色々注文してしまってごめんなさい。

とのコメントを
いただきましたか、具体的に名前をおっしゃって
いただくほうが、ありがたく存じます。



浅田真央さんを鑑定する

浅田12005年、14歳で世界ジュニア選手権、優勝。あどけない可愛い女の子が、日本中を虜にさせた。真央という名前は、お父さんが元宝塚女優・大地真央さんのファンだったことから名付けられたとのこと。愛知県名古屋市生まれ。中京大学附属中京高等学校卒業。現在は中京大学体育学部に在籍。同年、GPファイナル優勝の実績からトリノオリンピック出場を期待する声もあったが、「五輪前年の6月30日までに15歳」という年齢制限に87日足りず、代表資格を得られなかった。トリノオリンピックで金を獲った荒川静香さんが当時を振り返り「自分はオリンピックに出場できるか崖っぷちだった。真央ちゃんについては、正直、嫌だった、脅威だった」と胸の内を明かし当時を振り返った。飛ぶ鳥落とす勢いで、お姉さん達をキリキリ舞させた真央ちゃんですが、この数年、あの時の勢いが感じられない。「フォーチュン四柱推命運勢鑑定をもって運勢を検証してみました。




浅田真央命式三柱での鑑定となりますが、財星-印星タイプになります。まず、目についた点は日干が通根してないこと(命式の見方その6参照)。日干五行から数えて4番目(真央さんの場合土)、の五行が0個と言うことです。身旺身弱点が4.9でやや強い点数になっていますが、本来の強さは1個の9%であることを頭に入れて鑑定するとよいでしょう。



浅田大運時間が判ってもよい五行に水が含まれることは間違いないでしょう。従って水が旺盛になる冬に大運が高くなります。大運グラフはやはり働き盛りにランクが高いことはラッキーなことです。14歳~15歳にかけてランクが急上昇しています。デビューした頃ですね。





大運グラフの小刻みな波が行運グラフになります。2010年、2011年はグラフ通り、運気はよくありません。フォーチュンの運勢傾向でもスランプに陥りやすいときと解説しています。特に2011年は行運暗示に冲(月)もでています。)(命式の見方その4を参照)運勢上では迎え風が吹いている時期と言えるのてす。成績も不振がつづく中、2011年11月9日、最愛の母上(48)を亡くされ、出場を予定していたグランプリ(GP)ファイナルを欠場して急遽カナダから帰国しました。



浅田暗示
それでも12月25日の大阪なみはやドームで行われた全日本選手権で悲しみを乗り越え、2年ぶり5度目の日本一に輝きました。過去の圧倒的なジャンプと伸び伸びとした演技にはほど遠かったようですが重圧に耐えての優勝は立派なものです。




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フランス大会に登場した浅田さんの体型は激やせだった、高得点の演技を期待するどころか、大丈夫かと心配するほど心労が見て取れたという。メンタル面が大きく演技に左右するフィギアスケートだけに、浅田さんにとっては試練のときだっただろうと運勢上からも容易に読み取れるます。フィギアスケートでをみて感じることは、すでに競技を始める前からハンディがついているように思えるのは小生だけなのか。頭が小さく、長い手足という体型も手伝い、あらゆる動きがとても華麗に決まります。そしてかわいい笑顔でポーズを決めれば誰もが魅了されてしまう。フィギアスケートはお金がかかるスポーツで、どんなに才能があっても金銭面(上位選手で年600万円ぐらい)で断念する人が多い言われる。不況などでスポンサーを見つけるのに苦労する選手が少なくないが、人気が高い浅田さんはひくてあまただという。2009年、不振のなかギリギリでバンクーバー冬季五輪の切符をつかんだ。そして2010年2月、ライバル、キム・ヨナに金を譲りはしたものの素晴らしい演技での銀メダル。その後、燃え尽きた感があると批評する解説者もいたが、不調の原因は、お母さんの体調不良にあったようです。財政ー印星タイプの特長は財星を自分(日干の五行)で抑えにいく、印星から受けるエネルギー(印星)を自分(日干の五行)で消化してバランスをとっていきますから、気の流れのトライアグルができてしまいやすい星情と言えるのです。つまり、いま、やろうとしている事に集中できず、何かしら気になることを考えてしまう傾向がでてくるのです。運勢の鑑定は天気予報と同じで、雨の予報なら傘を用意すりゃ良いし、嵐がくるようなら備える準備をすればよいわけです。運気を知るか、知らないかで気持ちのゆとりに大きな違いがでてくるものです。浅田さん運勢は、やっと暗いトンネルから抜け出せたところ、次は2014年にロシアのソチで開催される冬季オリンピックを目標に向かって頑張っていかれるでしょう。ただ、2014年は空亡年にあたり、運気はあまりよくありません。それなら、結果が悪くて当たり前、開き直りの気持ちで挑んでほしいのです。バンクーバー冬季五輪では優勝したキム・ヨナより、圧倒的に観客の声援がすごかったぐらい浅田さんの人気は高い。順位を気にせず、思い切った滑りで、また感動を与えてほしいと願うばりです。


一筆御礼

先般、中島知子さんの鑑定ブログで”もん”様から丁重なるコメントをいただきありがとうございました。多忙で遅くなりましたが、もん様のご要望で浅田真央さんを鑑定してみました。四

ごくろうさま 落合博満監督


落合今年の日本シリーズは福岡ソフトバンクと中日ドラゴンズの対戦となった。毎試合息詰まる熱戦繰り広げ、最終七戦までもつれこんだ。ついに「オレ流」は力尽きた。記事によると試合後、ファンの前では涙をこらえていた監督も、ついにロッカールームで涙。「八年間ありがとうな。この場立っていられるのはみんなのおかげだ」と挨拶する、監督を囲み、選手、スタッフ全員が号泣したという。9月22日、首位ヤクルトとの天王山、直前に今季限りで落合監督の退任を発表された。その後の中日ドラゴンズはチーム一丸となった強さをみせた。監督を務めた八年間でリーグ優勝四回、日本一が一回と輝かしい成績を収めた。「名選手必ずしも名監督ならず」といわれるが。落合監督は名監督であることは誰もが認めるとこめであろう。






落合命式
比劫-印星タイプですね。
自分五行とその五行を生じる星が強い命式ですから、守りの要素は少なく挑戦していくタイプです。命式中にある空亡、冲などの意味は「命式の見方その4」を参照して下さい。




落合大運大運は高いですね。25歳でプロ入り。秋田県立秋田工業高等学校に進学。野球部に在籍していたが、野球をしている時間よりも映画館にいる時間の方が長かった。その後、先輩による理不尽なしごきに耐えかねて野球部を退部。しかし投打共に落合ほどの実力を持った選手がいなかったため、試合が近づくと部員たちに説得され、復帰した。落合はほとんど練習をせずに、4番打者として試合に出場していたという。そして、東洋大学に進学するものの、先輩がタバコを手にしたら素早く火をつける、などといった体育会系の慣習に納得できず、故障もし、わずか半年で野球部を退部して大学も中退。秋田に帰ってしまった。その後、ボウリングのプロを志すが、プロテスト受験の際にスピード違反で捕まって罰金を支払ったことで受験料が払えなくなり受験できず、これも挫折してしまう。才能を惜しんだ高校時代の恩師の勧めもあって東京芝浦電気の府中工場に季節工として入社。同工場の社会人野球チーム「東芝府中」に加わった。ここでの在籍5年間の公式戦で約70本塁打を放つなど頭角を現し、1978年(25歳)、アマチュア野球全日本代表に選出された。
ドラフトでロッテオリオンズに3位指名されて入団。アッパースイングだった落合のバッテイング・フォームの矯正に取り掛かった。ベテラン捕手・土肥健二の非常に柔らかいリスト(手首)を使って、ボールをはじき返すフォームに注目しそれを真似し、我流のフォーム改造を狙った。当初、キャンプに来ていた評論家も皆フォームを酷評し、特に前監督・金田正一は面と向かって落合の打撃を酷評した。後年落合は、この時の思いを「オレは社会人もやってプロ入りしたから何とも無かったが、もし高校出の若い選手が、あんな偉い人からプロに入っていきなり言われたら潰れるだろ」など、度々口に出した。また、このことが後に金田が会長を務めていた名球会への入会拒否の一因ともなった。1982年には史上最年少で三冠王に輝く、1985年、1986年、連続の三冠。2年連続の三冠王は日本プロ野球界において王貞治、ランディ・バース、落合の3名のみで、通算3度獲得は落合のみ。 落合はプロ入り前からの熱心な長嶋ファンで1994年、巨人にFA移籍。入団会見では「長嶋さんを胴上げするために来ました」と答えた。長嶋茂雄監督率いるチームで2度(1994年、1996年)のリーグ優勝に4番打者として貢献した。長嶋は落合について「フィールドに監督がもう一人いるようなもの」と語り、打撃はもちろん、投手への声掛けのタイミングや的確な指示内容などを高く評価していた。1996年、史上7人目の通算500号本塁打、史上7人目の通算1500打点を達成。シーズン終盤に差し掛かるまでは打点王を争っていたが、8月31日の中日戦で野口茂樹から死球を受け、左手首を骨折し戦線離脱。以降の試合は棒に振ったものの、同年の誕生日で43歳になるシーズンにも関わらず、打率.301、21本塁打、86打点という好成績を収めた。日本シリーズ第1戦から復帰。オフに清原和博が巨人へ入団したため、出場機会を求めて球団に自由契約を申し出る。1997年、ヤクルトスワローズの誘いを断り、2年契約を提示した上田利治監督率いる日本ハムファイターズに移籍。1998年、出場機会も減少。シーズン終了後、現役を引退した(任意引退ではなく自由契約での引退)。44歳になる年での規定打席到達は現在でも日本プロ野球史上最年長記録である。現役時代は生活の全てを野球に捧げていた。お腹を壊すと試合に出られないからと好物だった刺身をプロ入り後は一切食べなくなった、深夜に庭で素振りをする音で息子福嗣が目を覚ました、遠征先のホテルでチームメイトが部屋を訪ねると裸でバットを持ったまま出てきたなど、その練習に関するエピソードには事欠かない。ただし努力している姿をファンに見せないことを信条としており、猛練習する姿はほとんど映像に残っていない。ロッテ時代に受けたインタビューでも「努力は才能のない奴がすること」などと発言し、王貞治にたしなめられたことがあるという。「金のために野球をやっている」「多く給料を出してもらえるところへ行く」「金にならない試合には出ない」などの、これまでの日本人選手に多く見られた「浪花節」的考えと一線を引いた。FA宣言後も、巨人入団前から「一番お金を出してくれたチームに行く」と公言。巨人入りには当時のファンからは賛否両論があったがプロとして最も(金銭面で)評価してくれるところへ行くのは当然」と強調している。落合は20代で離婚後、ホステスをしていた9歳年上の信子夫人と再婚。愛妻家(恐妻家?)として知られる。FA権の行使や監督就任などを決定させたことでも知られる。2人の間には長男・福嗣がいる。
監督としての落合は試合中は常に無表情で感情を表に出さず、選手交代を告げる時とマウンドに行く時以外はベンチ奥で腕組みし足を組んで座ったままほとんど動くことはなく、好プレーをした選手や本塁打を打った選手を迎えることもしなかった。これは、個々のプ レーに一喜一憂すると(感情が出ると)、選手が監督の顔色を窺うようになってプレーに影響するためという。



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足跡をたどれば、やはり、すごい選手だったんだと関心させられる。監督としても優秀な成績を残している。運勢からみて決して上格の命式とは言えない。大運の運勢背景があったからこそ才能を開花できたと言えるでしょう。落合監督が発する言葉に基本的に愛想はない。偏屈で、人を喰った様な物言い方は誤解を招くこともあるだろう。これは守りの資質が少ない比劫-印星タイプの特徴と言えるものである。親父の影響もあってか小さい頃からホークスファンであった。今回の日本シリーズは戦力的にみて4勝2敗ぐらいでホークスが勝と思っていたが、毎試合、重ぐるしい展開なってしまう。何故と考えると、落合監督のブレない野球信念が、そうさせているように思えてしまう。落合では人気がとれないといった酷評があるというが、「監督は勝つことが仕事」と言い切るブレない姿勢に、それを超える大きな存在感を感じてしまう。また、いつかグランド復帰を待ち望む声がたかまってくるはず。それまで、じっくりエネルギーの充電にあててほしい。