

命式をみる限りバランスのとれた上格の命式ではない。日干庚(自分自身)の五行の1個の9%と強くなく、日干の五行から数えて4番目、龍馬さんの場合は火となるが、官星(権威と名誉、また男命では子供を表わす星)が0%である。


龍馬さんが亡くなった1867年の運勢はどうだったのでしょう。フォーチュン運勢鑑定表」で検証してみます。
大きくとはいかないまでも社会的に発展、向上が期待できる時です、責任のある仕事を任されたり、うまくいけば昇進、栄転を伴う部署の移動、転勤がある時です、しかし、この周期は良い要素ばかりでなく、悪い要素も含まれています、自主性が出てきて積極的になりますが無やみやたらに突き進むと、いくら正論であっても抵抗を受け、悪くすれば自分の立場を危うくする危険性があります、自分の地位を築く時ですが強引に勝ちとろうとすると、敵を作り返って地位を脅す結果となります、焦って動くより慎重な行動が必要な時です、上司、目上の引き立てや、周囲から推挙されるよう努力をしなければなりません、政治家など派閥、集団の中にいる人は特にこのことを自覚し行動して下さい、芸能界、プロ選手など周囲から注目されている人は、自分を売り込むことの出来る時期で、脚光も浴びるでしよう、おごることのない謙虚な姿勢が人気を持続させます、自営業の人は信用を得て発展します、絶好調の周期とはいえないが自己確立の時なので一発勝負はさけ堅実な行きかたが望まれます、自己の考えや賢者の意見を取り入れた堅実な構想はきっと共鳴、共感を得られるでしょう、また感受性がたかまる時だけに気持ちのコントロールを図ることが大切です。
行運暗示
【冲(年)】
破壊、動揺、運命の変化、闘争、不和、分離の暗示があります、凶の中でも最も凶意が強いものです、月支の冲(最も凶意の作用が大きい)ほど影響力は強くありませんが注意するに越したことはないでしょう。
以上が1867年度の龍馬さんの運勢です。
ドラマでは龍馬さんの大きな業績は薩長同盟と大政奉還である。まさにこの年にやり遂げる。
コメント
司馬遼太郎の代表作「竜馬がゆく」で。世間一般でイメージされる龍馬像がつくられた。歴史識者の中には「大口たたき、家族に散々迷惑をかけて、周囲を振り回す厄介な次男坊にすぎない」と評する者や、女好きで、女郎通いも甚だしく、薩長同盟と大政奉還では「影のフィクサー」とし動いたといわれている。龍馬の行くところ銅像がたち、今年の「龍馬伝」で再びブームになり、かかわりの地はイベントずくし。長崎もすごかったですよ。龍馬について調べていたら、いろいろ面白い雑学に出くわした。たとえば、海援隊の給与は現代に換算すると10万円ぐらい、龍馬は110万円。龍馬が亡くなり、いろいろな店にツケ(借金)をしていた合計は2億円だったしという。高知から東京、京都、長崎、福岡、大阪を行き来している。龍馬が5年間に歩いた距離は4万1千キロ、地球一周に相当するそうです。別の計算だと東京-大阪間を34往復した計算となるそうだ。